家庭で育てる国際学力

陰山英男 藤原和博 家庭で育てる国際学力

陰山英男 藤原和博 家庭で育てる国際学力

教育関連が続きましたが、こちらも日本の学習指導要領が優れているということを認めている。
陰山先生は世界一のフィンランドの教育などを見てまわることで今まで批判的に見ていた日本の学習指導要領のできのよさに驚いたそうです。それがよく現れているのが次の一文。

こうしてみてくると、「ゆとり教育」以降、薄っぺらい教科書で勉強してきた日本の子どもたちが、今でも世界の学力ランキングの中の上を維持してきていることは、驚くべきことであると言わざるを得ません。それと同時に、それはいかに日本のカリキュラムが良くできているかということの実証であろうと思うのです。私は、自分の実践を学習指導要領批判からスタートさせましたから、それは自分自身にとっても、あまりにも意外な結論でした。

新学習指導要領の各科目の分析もほとんどが前向きな評価。仕組みはあるのであとは実践するだけというような雰囲気です。
しかしやる事が多い。この本では英語教育に力を入れることも提案している。問題は時間だ。私は総合の時間と国語を一つにしてしまって議論、作文、発表に使うことで時間を作り出せるのではないかと思う。いまの国語は半分「道徳」の時間だ。国語の時間に道徳的な物語を読ませることで国語と道徳の時間の区別があいまいになっているんじゃないだろうか。それよりは作文、読書感想文といった文章を書くことを重点的にやったらどうだろうか。
陰山先生も書きながら考えを整理することの重要性を言っている。

この本と、先の「欲ばり過ぎるニッポンの教育」からわかったことは、最近の教育改革は全員に100点を取らせるために学習内容を減らす。みんなが受験戦争に苦しまないように大学の定員を増やすというように、非常にやさしさにあふれる方向に進んできた。「やさしい」というと良いことの様だけれど、実際は甘やかしてきたと言えるだろう。その結果、がんばって勉強する必要がなくなったので良く遊び、相対的に世界の中での学力順位が落ちた。考えてみれば、当然の結果だ。
フィンランドではわからない子には個別に徹底的にフォローするということだ。全体の学習量を下に合わせることはしない。しかも高校大学の進学率は60%だという。だからもっと勉強をしたい人はがんばって学力をつけるし、勉強が合わない人は別の道を進むことになる。

すべては「教育の問題」ではなく「社会の問題」だったのだ。本来は社会が選択肢を提示して解決するべき問題を、高等教育機関が引き受けて、教育をせずにコンサルティングをしている。なんかおかしいような気がしてきた。先生というのは本当に大変な仕事なんだなと、改めて頭が下がる思いをした。

そんなことが見えてきたので、うちではきちんと生活習慣の確立、しつけ、学問をやっていくことについて気を引き締めなおしたのでした。

フィンランドの例をベースに考えると、無償化する高校は50〜60%を対象にするのがいいんじゃないかと思ってしまった。