総括、中学受験を振り返ってみると

受験が終わって、無事に進学先が決まった。
結果はともかく、実際に中学受験生の親というもの体験してわかったことは、中学受験はとても貴重な体験ができる家族イベントだということだった。
大部分の親が持つ受験のイメージは自分が体験した高校受験や大学受験なので、世間の論調も「あんなことを小学生にやらせるのはかわいそう」という否定的な論調になりがちだけれども、現実はだいぶ違うと感じた。
なお、こういった感想は結果に満足しているのか、不本意な結果になったかで全く違う感想になる可能性が高いので、その点は差し引いてもらう必要がある(実際に塾に関する口コミは同じ塾の評価でも正反対の結果になっているし)。
特に大きな違いであり、有意義だと感じたのは次の2点だった。

  • 学校に個性があり、偏差値輪切りを超える選択が可能なこと

私立の中高一貫校の多くはそれぞれの価値観に基づいた教育を行っているところが多いと感じた。学問に対する考え方、宗教(道徳)教育、思春期の子どもに対する接し方などいろいろな面から見てみると学校ごとの違いが見えてくる。中には進学実績が第一と感じられる塾と区別がつかないような学校もある(特に中堅に多いような気がする)けれど、そうでない学校の方が多いと思う。その中から、自分の子どもが将来どういった大人・社会人になってもらいたいかを考え、それを実現する場としての学校を選択するのは大変だけれども楽しい時間だった。これが高校受験になると進学実績や偏差値が基準となってしまうし、子どもも大きくなってしまっていて現実的な選択をするしかなくなっているのではないかと思う。(まだ経験していないので実際のところはわからないですが)

  • 親の干渉が可能で、親子で力を合わせてともに進むことが可能なこと

子どもが大きくなってしまうと、意見を言っても反発されることが多くなるだろうけれど、まだまだ小学生のうちは話をすることが可能だった。そもそも意見をするような選択肢があるのかどうかも不明だけれども。


もちろん楽なことではなく、子どもだけではなく親も大変なことの方が多かったけれど、小さな兄弟も含めて家族で協力し合って乗り越えてきた経験は貴重なものだったと思う。小学生にもなれば、この経験は忘れることはないだろう。
塾は勉強は教えてくれるし受験校の提案もしてくれるけれど、やはり判断は本人と親がしなければならない。納得できる選択をするためには多くの学校を見て、先生の話を聞いてみるのが一番の材料になったと思う。子どもの直観も侮れないものだ。あくまでも塾はツールのひとつであって、塾任せでは中学受験プロジェクトをやる意味がないと思う。

最終的には本人が頑張るしかない。本人は辛いだろうが、親も身代わりになれないことが本当に辛い。親にできることは将来イメージを伝え、子どもが頑張れるように夢という燃料を与えてあげることだけだ。そしてあとは自分の子供を信じるだけ。これが一番難しかったかもしれない。